2021年5月、サッカー日本代表と戦うミャンマー代表選手が国歌斉唱時、国軍への抵抗の意思を込めた「3本指のポーズ」を取りました。
指には「私たちには正義が必要」とのメッセージが書かれ、軍への批判を堂々と行なったその勇気に対して、多くの人々が共感を感じたことでしょう。
ミャンマーでは2月1日、国軍によるクーデターが発生して以来、混迷の度を深めています。マレーシアと共にASEANを構成する10カ国の一つであるだけでなく、ミャンマー領内からマレーシアに職を求めてやってくる労働者も少なくありません。
混乱続くミャンマーでいったいどんなことが起こっているのか。
MTownでは、ミャンマーを拠点に日本人向けの情報誌やウェブサイトを通じて情報を配信している「MYANMAR JAPON」の発行人・統括編集長で、このほど「ミャンマー危機 選択を迫られる日本」と題する新書を上梓された永杉豊氏に、「外から見て、わかりにくいミャンマー」の現状についてお話しを伺いました。
目次
永杉豊氏 インタビュー

――著書のご出版、おめでとうございます。
クーデター発生以来、半年以上月が経ちましたが、依然として出口が見えないように感じます。
ところで、ミャンマーについて、国の存在は知られていても、その国情を理解している人は残念ながらあまり多くないと思います。
ミャンマーとはどんな国なのでしょうか。
ありがとうございます。
まず、私が今回なぜこのような新書を書いたのかと言いますと、一言で言えば1人でも多くの方々に今のミャンマーを知ってもらいたかったことに尽きます。
ミャンマーと言う国名を聞いてもおそらくほとんどの方はピンとこないでしょう。
まして、行かれたことはないでしょう。
ミャンマーという国は135の民族からなる連邦国家です。
ビルマ族が全体の70%、残りの30%が少数民族という形で構成されています。
歴史的に、ビルマ族と少数民族との間はあまり仲が良くありません。
こうした問題は、かつてのイギリスの植民地政策の負の遺産を引きずっているものともいえます。
上座部仏教徒が全体の9割を占める一方、キリスト教徒とイスラム教徒(ムスリム)はそれぞれ5%ずつしかいません。
宗教的な価値観の違いや、多数派であるビルマ族に対する少数民族のひがみといった問題があり、多数派と少数派のいがみ合いは長年にわたって続いており、これが少数民族武装勢力を生み出す遠因となっています。
現在、少数民族の武装勢力が20ほどあり、うち10もの武装勢力が国軍と戦っているのが現状です。
国軍はこのような勢力を殲滅すべく、空爆を行なったり、村を焼き討ちするなどの暴挙を働いています。
こうした場所はミャンマーの国境近くの辺境地にあります。

――どうして辺境地で長年にわたる戦闘が繰り返されているのでしょうか?
こうした戦いが起こる原因の一つは、ミャンマーが地下資源大国であるためです。
例えばルビーや翡翠(ひすい)が多く発掘されます。特にルビーは世界供給量の90%を産出し、翡翠は世界一の埋蔵量を誇ります。
ミャンマーは5つの国(タイ、中国、ラオス、インド、バングラデシュ)とそれぞれと国境を接しています。
バングラデシュといえば、2017年にロヒンギャ問題が勃発、国軍の迫害に遭って、現在もなお約70万人がバングラデシュ側に逃げ込んだままとなっています。
――ミャンマーの主要な産業はなんでしょうか?また、目下の問題点はどういった部分にあるとお考えですか?
農林業が盛んです。
ミャンマーの米作は気候のおかげで、コメが年に3回収穫できるので、米の輸出大国にもなっています。
また、高級木材であるチーク材のほとんどはミャンマーもしくはインドネシア産ともいわれています。
森林資源も豊かだというわけです。
また、水産資源も豊かです。
ミャンマーの南側にあるアンダマン海では、エビやカニが獲れるほかに、マグロが釣れたりもします。
獲れた海産物は、ヤンゴン市内の高級日本料理屋や居酒屋に並ぶこともあります。
しかし、ロジスティックが依然として発展しておらず、特にコールドチェーンが確保されていないのが問題です。
現在ではやむなく一旦タイで水揚げしてから日本などに輸出するといった手間がかかっています。
――ところで、歴史的に日本とミャンマーとの間にはいろいろなつながりがあるそうですが、どんなエピソードがありますか?
親日的だというポイントがとても大きいと感じます。
これまでも例えばミャンマーが困窮しているときに日本の政府開発援助(ODA)で、道路や橋を作ったり、病院を建てたりしています。
ミャンマーの人々が尊敬しているアウン・サン・スー・チーさんの父親であるアウン・サン将軍が、ビルマのイギリスからの独立を図る運動を起こしました。
第二次世界大戦以前から戦中にかけて、日本軍と共に戦ってイギリスを追い出し、そして今のミャンマー建国への道のりを開いた経緯があります。
ミャンマーには第二次世界大戦中、日本の傀儡政権が置かれていた時期もありました。
その後、日本は敗戦したわけですが、当時のミャンマーの人々は日本の軍人らを虐げるのではなく、手厚く日本への帰還を手伝ったという逸話もあります。
つまり、ミャンマーの人々にとって、日本との良好な関係は戦前から続いていると言って良いでしょう。
日本との歴史的な事実、あるいは近年の日本の支援の成果について、ミャンマーの教科書にはきちんと記述されています。
このような形で日本の業績を取り上げてくれている国は他にないと思います。ミャンマーの人々はこうした日本との関係を小さな頃から教えられています。
ですから、日本や日本人に対してとても好意的に、尊敬の念を持って接してくれます。ミャンマーの人々の親日さに触れて、一気にこの国が好きになってしまう日本人も少なくないですね。
こうしたことは、一度でもミャンマーに足を踏み入れた方はきっと理解できると思います。
私が8年余り住んだ印象では、日本人にとってミャンマー人は最も相性が良いと思います。
一方、ミャンマー人にとっても、日本の企業で働くということは、とても大きなプライドとなります。
また日本人の友達を持つことをとても誇りに感じてくれます。
親日的な人々であるがゆえに、ミャンマーで日本人が仕事をするのはとてもやりやすいのではないでしょうか。
――永杉氏は、ミャンマーの人々はどんな性格や感覚を持っているとお考えですか?
2011年に軍事政権でありながら民主化が達成されたことで、外国からモノ、ヒト、カネが一気にミャンマーへと流れ込みました。
2012−13年以降には、日本企業も続々と進出したわけですが、その頃、多くの日本人が、「ミャンマーの人々は、自分たちと同じような感覚を持つ」と知ったようです。
具体的には、仏教の影響があるのか「心がウェット」なこと、必ず「お礼」をしなくてはならないと感じること、悪い性格として「嫉妬心がとても強い」ことなど、日本人と似通った性格を持っています。
さらに、悪い仕打ちを受けても露骨な反応をしないといったところも似ているかもしれません。
しかし長期にわたる軍事政権による支配は人々に大きな傷を残しています。
例えば、若い一般社員たちは、言った事は100%できるし、きちんとやるんです。
ところが、応用して展開することは不得手、つまり自身で理解した上で行動を起こすことが教えられていなかったわけです。
ところが民政移管を受けて外国の資本が入って来た後は、外国語を覚え、仕事のスキルを向上させ、といったように一気に成長しました。
私どもの会社でも、今回のクーデターのあと、居なくなった日本人社員の穴を埋め、しっかりと仕事をしてくれているミャンマー人社員を頼もしいと感じています。
――民政移管後、多くの日本企業がミャンマーへと進出しました。多くの日本人がミャンマーにビジネスチャンスがあると捉えてきたのはなぜでしょうか。
長年にわたって多くの国民が貧困に苦しんでいたわけですが、民政移管後、賃金は低くとも「会社勤め」をすることでお金を持つようになりました。
また、現在の平均年齢は27.7歳と、とても若い国といえます。
そうした流れにより、ミャンマーの人口ボーナスは2050年前後まで続くと予想されます。
つまり、向こう30年間は着実に消費を増やしていくと予想されます。
このような期待があるからこそ、日本企業はミャンマーに総額1兆円を超える積極的な投資を行なってきたわけです。
ミャンマー市場の広まりを期待し、スズキやトヨタといった大手自動車メーカーがヤンゴン郊外に設けられたティラワ経済特区に拠点を開こうとしていたわけです。
ミャンマーのコロナ以前の1人当たりGDPは年間1300米ドル程度、つまり月収にしたら1万円ちょっとしかないのです。
とはいえ、人々は貯金する習慣がなく、「もらったら使う」を繰り返しているため、可処分所得が極めて高かったのです。
例えば、私の会社の従業員は、iPhoneの新製品が出るや否や、私より早くそんな高いものを買ったりするんです。
これは「なんでもモノを買う」という意欲の高さを示す例だと思います。
つまり、日本企業はこうした背景を持つ人々がいるミャンマー市場から経済的な利益を得ようと考えて進出するわけです。
――直近のヤンゴンの状況はどんな感じですか?
街中の表立った様子は比較的静かです。
都市部にはバリケードがあるわけでもなければ、目立った小競り合いも起きていません。
しかし、一部エリアでは連続爆発事件などもあり、こうした状況は次に何が起こるのかが全くわからない「暗い平穏」なのです。
ですから、人が集まっているところには行くべきではないと私も社員たちに促しています。
新型コロナウイルスの感染もマレーシアと同様に急拡大しています。
しかもミャンマーの場合、医療関係者が国軍に対する抗議運動、つまり市民不服従運動(CDM)により職場に出ていないため、検査数も減っており感染者の実態がよくわかりません。
また金融機関の混乱も顕著です。
多くの銀行員もCDMで職場に出ていないため、窓口やATMから現金が引き出せないばかりか、送金手続きが遅れるといった問題が起きています。
ただ、様子を見ていると、銀行にそもそも紙幣の在庫がないのかもしれませんね。
紙幣印刷も止まっていますし。ミャンマーでは国民の約25%しか銀行に口座を持っておらず、サラリーは現金で支払うのですが、紙幣がない状態なので「一体どうしたらいいのか?」との声も日系企業の間から上がってきていますし、当然、一般市民も現金が手にできず困っています。
――現在、ミャンマーにはどのくらいの数の日本人が残っておられるのでしょうか?また、どういう事情で残られているのでしょうか?
新型コロナウィルス感染拡大の影響もあり、現在は300-400人程度だと掴んでいます。
なお、クーデター前の日本人在住者数は大使館への届け出ベースで3500人といった規模でしたので約1/10程度ですね。
今残っておられる方々は、製造拠点を現地に置いておられる会社関係も多いのではないでしょうか。
例えば、ティラワに工場を開いた会社の中には、クーデター前までに操業準備を進めていて、いよいよ工場が稼働するという段階まで来ているのにストップしてしまったというところもあります。
「何としてもこれを動かしたい」という思いがあるのかもしれません。
当社のケースを言えば、メディアへの規制が極めて厳しい中、日本から配信や配本している格好を取っています。
私たちが真実を配信し続けなければ、現地に残る日系企業の皆さんへの「命を守る情報」が伝わらなくなるかもしれませんし。
現在もなお、ウェブでの配信だけでなく紙版の配布も行なっているのです。
――ミャンマーにある日系企業に、クーデターの影響は及んではいないのでしょうか?
進出企業はミャンマーで事業活動を行うことにより税金を支払わなければならないのですが、現状では税収は国軍に入る格好になります。
こうした状況はミャンマー人社員にとっては許せません。
これまでは給与計算をするときにきちんと源泉徴収をしてからサラリーを払っていたわけですが、社員の中には国軍にお金がわたることを嫌がり「源泉徴収をしないで欲しい」と強く抗議する者さえいます。
ただ、ミャンマーは目下、国軍と民主化を求める人々が打ち立てた民主派政府である「国民統一政府(NUG)」とのいわば、二重政府のような状況になっています。
例えば、国軍は早く納税しろといっている一方、NUGは国軍の意向とは全く関係ないところで、一般企業に対し「9月末まで税支払いを猶予する」といったアナウンスをしています。
また、企業の日々のビジネスにおいて、立場や考えが違うさまざまな人々が関わっているわけで、その全てのステークホルダー個々に説明する必要もあります。
どうあれ、進出企業は「正常な事業ができない異常な状況」に直面しています。
――国軍は現状、一般の企業活動に制限はかけていますか?日系企業が操業停止を命令されるといった事態にはなっていませんか?
特にそういった制限はかかっていません。
ただ国軍関係者らが企業に立ち入り検査を行い、きちんと業務を行っているかどうかの確認をしています。
こうした定期的な巡回が経済特区になっているティラワでも行われたと聞いています。
こうした圧力のため、止めたくても業務を止められないといった状況なのではないでしょうか。
ただ、現在のミャンマーでは別の問題があります。
先ほども申し上げましたが、市民の多くが職場をボイコットする「市民の不服従運動(CDM)」という活動を行なっており、現地の日系企業では、全然スタッフが集まらない、といった事態も現実に起こっています。

――ミャンマーの民主化を求める人々は、日本政府の方針に疑問を持っているようです。
日本政府自身はどのようにミャンマーを捉えているとお考えですか?
「日本企業」と「日本政府」との考え方は異なるとみるべきです。日本政府は経済よりもむしろ、ミャンマーが持つその地政学的な要因から重要であると考えていると感じています。
つまり安全保障上、日本にとってミャンマーは欠かせないわけです。
中国はこれまでに、天然ガスと原油のパイプラインを雲南省の省都・昆明からアンダマン海に面した港・チャウピューまで敷設しました。
これからは鉄道を通そうという計画もあるほどです。
つまり、中国が海を通ることなく、インド洋へのルートを確保しようとしているわけです。
中国は一方で、南シナ海の覇権獲得を狙っています。
仮に、この海域が中国の手に落ちたら、中東産の原油の輸送をマラッカ海峡経由の船舶に依存している日本にとっては安全保障上の大きな危機となります。
このような安全保障上の危機が目の前に起きている中、日本政府は毅然とした態度でミャンマーの民主化に対する支援を行わない限り、中国の野望を許す格好になってしまうのではないでしょうか。
――では、目下のクーデター後のミャンマーの枠組みはどのように変えていくべきでしょうか?
私は、是が非でも現在の国軍は解体されるべきだと考えています。圧倒的な資金力も軍事力もあり、とても一般市民や少数民族の武装勢力では太刀打ちできない相手だと承知もしています。
しかし、それを内部崩壊あるいはASEANをはじめとする外国勢力による圧力を加えることによって、国軍を解体まで持っていくことは不可能ではない、と思います。
ヤンゴンに住んでいる若者たちも、軍事訓練を受けて国軍と戦おう、という動きも現実に起こってきました。
6月22日にはマンダレーで国軍と少数民族武装勢力が戦うという、いわば市街戦のような事態も起きました。
辺境地から武器や弾薬を持ち出して戦っているわけです。
今回の特徴は、Z世代の若者たちが辺境地で教練を受け、街に帰ってきて戦い始めたということがあります。
依然、国軍による市民への暴力や虐殺が繰り返されている状況を、市民は長期間にわたって耐えられるはずがありませんから。
しかし、これらの若者が国軍と戦っても勝ち目は薄いでしょう。
また、こうした事態が広がると、ミャンマーにとどまっている日系企業、日本人は安心していられなくなる可能性が高まります。
ですから、特にマレーシアも加盟しているASEANなどによる圧力が重要なのです。

――では最後に、そして日本や日系企業はこのミャンマー問題にどう立ち向かうでしょうか?
今の混乱が解決するまでには、少なくとも2年はかかる、と見ています。
欧米諸国は国軍に対する経済制裁を行なったり、日本でも日本政府に対し民主化を願う人々から「ODAを止めろ」といった声も上がっています。
しかし、もともと国軍は見えない資金を潤沢に持っています。
したがってこうした資金を持っている以上、一般市民とは異なり国軍は制裁を受けても飢えないのです。
国連の世界食糧計画(WFP)が指摘しているように、今後ミャンマーの多くの人々の食料不足が深刻化します。
最大都市ヤンゴンの郊外でも食べるのに困っている人々が大勢います。もともと貧困層はいるのですが、さらに最貧困層が増えてしまっています。
統計上、ミャンマーは最貧困国からは抜け出せたのですが、5400万人の全人口のうち25%が貧困ラインだったと言われていたのが、このクーデター後に50%が再び貧困ラインまで落ち込んでしまったのです。
これは軍政時代の状況に逆戻りしているといっても良いでしょう。
ここへきてようやく、日本政府や多くの企業が人権問題について気にかけるように変化したと感じます。
そうした流れで「ビジネスより人権の方が大事だ」という呼びかけにより、今回、国会の衆参両院がミャンマー国軍によるクーデターを非難、民主的な政治体制の早期回復などを求める決議を全会一致で可決しました。
今後日本政府に期待したいことは、以下の3点です。
- 食料・医療などの緊急人道支援
- 難民の受け入れ
- 民主派である国民統一政府(NUG)を承認
民主化勢力を応援しない限り、ミャンマーには「暗い平穏」が続くだけです。
もし街中で戦闘が行われるような事態になれば、ビジネスの継続は不可能です。
何より、ミャンマーではこれだけの人道犯罪が続いているわけですから、日本政府がこうした状況に目をつぶるべきではありません。
今こそ日本の国益も考え、積極的にミャンマーの人々に寄り添うことが必要ではないでしょうか。
プロフィール
永杉豊(ながすぎ ゆたか)
ミャンマー及び日本でニュースメディアを経営するジャーナリスト。
2013年よりヤンゴン在住。月刊日本語情報誌「MYANMAR JAPON(MJビジネス)」、ミャンマーニュース専門サイト「MYANMAR JAPONオンライン」の統括編集長も務める。
著書「ミャンマー危機 選択を迫られる日本」(扶桑社新書)はミャンマービジネス必読の書。
2021年2月のクーデター発生以来、多数のテレビ番組に出演してミャンマー情勢を伝えている。
また、日本の国会議員とミャンマー民主派NUG(国民統一政府)閣僚との橋渡しも務める。
なお、「ミャンマーニュース」で検索しMYANMAR JAPONオンラインサイトでメールアドレスを登録すると、ミャンマーニュースが無料で配信される。
著書「ミャンマー危機 選択を迫られる日本」の紹介
2011年、 テイン・セイン大統領の下、 60年に及ぶ軍事独裁政権から民主化へと一気に舵を切り、「アジア最後のフロンティア」と呼ばれ、年率7%という目覚ましい経済成長を遂げてきたミャンマー。
その民主化による発展がわずか10年で武力により押しつぶされ、 再び軍政へと後戻りを始めようとしている。